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「マラリア問題」とは何か ナイジェリア・ラゴスの貧困層を事例に
What is “Malaria Problem”?: Case of the poor in Lagos, Nigeria

AJFは、季刊の会報「アフリカNOW」を発行しています。AJFの活動紹介にとどまらず、アフリカに関する最新情報を伝える、日本で出会えるアフリカを紹介する内容の記事を掲載しています。

【アフリカNOW No.94(2012年発行)掲載】

「マラリア問題」とは何か ナイジェリア・ラゴスの貧困層を事例に
What is “Malaria Problem”?: Case of the poor in Lagos, Nigeria

玉井隆/TAMAI Takashi
たまい たかし:東京大学大学院総合文化研究科修士(学術)。同大学院同研究科博士課程所属。日本学術振興会特別研究員。ナイジェリア・ラゴスにおける保健医療と公衆衛生について、特にマラリアを対象に研究を行っている。連絡はtamachanyai@gmail.comまで。

「現場」を見る視点

 治るはずの病気で死ぬ人びとがアフリカには多くいる。そのため日本を含めた多くの国の人びとが救いの手を差し伸べている。一刻も早く近代医療を人びとのもとへ――先進国からアフリカへの国際保健医療活動は、そうした使命を背負い活発に実施されている。

 しかしそもそも「現場」の人びとは近代医療を本当に望んでいるのか。望んでいるとしたら、誰がどうやって「現場」の声を聞いたのか。「現場」の「伝統医療」は、結局のところ近代医療にとって代わるべきなのか。近代医療の浸透は「現場」の人びとの文化や社会にどのような影響を与えるのか。あるいはこうした疑問以前に、人道的見地から、「現場」の声がどうであろうと、人の生命を救う近代医療を一刻も早く届けるべきだとする意見もある。果たして私たちは「現場」とどのように向き合い、彼らの声を聞き、それを示すべきなのだろうか。エドワード・サイードの「オリエンタリズム」批判以降の膨大な議論を再度思い起こしながら「『現場』における私」の一例を以下で示し、上記の疑問に対する何らかのヒントを示唆することを試みることにしよう。

マラリアについて

 19世紀末、ヨーロッパ諸国がアフリカの植民地化を進める上で、病気は重大な障壁であった。なかでもマラリアはその典型例であった。20世紀初頭には熱帯医学の発達によりマラリアの原因の解明や特効薬であるキニーネの発見を通したその克服が試みられた。この頃からすでにマラリアは、植民者にとって重大な公衆衛生の主要課題であった。

 その後1960年代を中心に行われた世界保健機関(WHO)によるマラリア根絶計画の「失敗」を経て、マラリア対策は現在も行われている。多くのアフリカ諸国でマラリア根絶が困難とされており、そのためマラリアのコントロール(マラリア感染は継続しているが臨床上問題ではない状態)がめざされている。WHOや国連児童基金(UNICEF)などの国際機関や各国政府、NGOによる取り組みが行われている。資金調達の要の一つとしての世界基金(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)も設立されている。具体的な取り組みとしては、媒介蚊対策としての蚊帳の配布や突発的流行地域への殺虫剤散布、マラリア早期発見・治療のための保健システムの構築と最新の抗マラリア薬の確保、リスクが高いとされる乳幼児や妊産婦のマラリア予防などがある。2010年現在、マラリア症例数は全世界で2億1,600万、死者数は65万人であった。そのうち、症例数の81%、死者数の91%はアフリカである(1)。

「適切な医療」に依拠しない人びとへの着目

 私はマラリアが深刻な公衆衛生課題となっているナイジェリア・ラゴスのいわゆるスラムと呼ばれる場所で、マラリアに対する住民の医療実践について研究を行っている。ナイジェリアでもまた抗マラリア薬や蚊帳の配布、妊産婦や乳幼児のマラリア予防といった多くの取り組みが、行政や多くのNGOなどにより行われている。多くの研究や開発援助従事者は、住民にこの「適切な医療」をどのように提供するかに熱心である。そしてこの議論では、住民の取り組みが「適切な医療」にもとづいているかがポイントとなる。「適切な医療」を物差しにして人びとの生活を見ているのだ。蚊帳は配布されているのか、配布されているのになぜ利用しないのか、なぜ古いタイプの薬がありそれを使うのか、薬草を使うのをなぜやめないのか云々。

 しかし、私はそうした近代医療の必要性を自明視する多くの研究に懐疑的な視点に立ちたい(2)。そしてむしろ、あえて「適切な医療」以外の医療(その多くは「伝統医療」)を利用したり、あえて近代医療を間違ったかたちで利用したりする人びとの実践に着目する。こうした住民の主体性に着目することで、「不完全」な医療環境――病院の数が限られ、その質も安定的ではなく、薬の質量共に不十分で金額も高い――の中で、住民がどのようにそれを利用しているか、その戦術(Tactics)を解き明かそうとする研究を行っている。こうした視点は、政策策定者が住民の主体性を無視し、彼らを政策の「受益者」としてしか見ないがゆえに、住民の積極的なマラリア対策の方法を増進させないばかりか、それを見ようとすらしていないのではないかという疑問を漠然と感じているからである。

 こうした視点を踏まえると、私の研究の目的は、既存のマラリアに関する政策の変遷を踏まえた上で、ナイジェリア・ラゴスの貧困層を事例として、マラリアに対する住民の医療実践を明らかにすること――具体的には、マラリア認識、マラリア治療と予防の方法、医療に関する知識や経験のライフヒストリー、医療に関する社会ネットワークの分析を行うこととなる。

研究をする「私」について

 こんなわけのわからぬ研究を行っている「私」は、奨学金という名の多額の借金を抱え、居酒屋やテレフォン・アポインターでのアルバイトを除くと職歴もなく、年金も学生特例で支払い猶予させたまま博士過程に進んでしまった、よくいる頭の固い25歳の大学院生の一人である。出身は香川県だが、いろいろあって両親や香川のことは決して好きになれず、インスタント麺を半分に切って昼食と夕食にしてきた通称「貧乏学生」でもある(今は某研究員に奇跡的に採用されたためとても楽になったが)。

 そんな私はストリートダンスをしていたからか、現実逃避をしたいからか、とにかくアフリカに思いをはせるようになった。また大学学部生時代に「現場」を重視する先生にお世話になった影響もあり、私は研究を始めると決めたや否やすぐにアフリカへ向かった。そしてカメルーンの首都ヤウンデに半年間滞在し、路上生活者が「なんとかやっていく」ための戦術を解き明かすことを目的とした研究をした。多くの場合、日本も含めて、路上生活者のイメージは「かわいそう」な存在である。しかしそうした上から目線に怒りを覚えていた私は、路上生活者がいかに「かわいそう」か、その貧しさを分析するのではなく、路上生活者がいかにたくましく生きているのか、その生活実践を描いてみたかったのである。こうした視点は、私もまた金もなく一時は友人にお米をめぐんでもらって生活しながら「なんとかやって」いたので、そんな自分とカメルーンの路上生活者を重ねたのかもしれない。いや、そんなつもりはまったくないのだが、どうしても研究というのは、私自身がおもむろに発現することなのだなと実感することとなった。

 カメルーン・ヤウンデの路上生活者は宗教も言語もエスニックグループもまったく異なっていたにもかかわらず、けんかや助け合いを繰り返しながら生活していた。そんな彼らの生活は私には頼もしく思えた。正直に言うと、ある意味で問題なく楽しく生活しているようにも見えた。しかし、病気やけがをしてもまったく治療する術を持たないことがわかりやすい問題として見られた。路上で売っている薬は安価だが多くが偽物であり、彼らは自分自身の体を守る術が極めて限られていた。どこの路上生活者グループを訪ねても、誰か一人は腹を抱えて寝ていたり、けんかで負った生傷に苦しんでいたりした。

 これが今の研究につながっているのだと思う。大学院で研究をもっと続けようとしたとき、私は医療に関する研究をもっと大きな都市でやってみたいと思ったのだ。「暗黒都市」と呼ばれ、バックパッカーが最も恐れる都市の一つであるラゴスは、その悪いイメージからなのか、特に日本人が本格的な調査を行ったことはほとんどない。しかし在日ナイジェリア人は皆このイメージを全否定した。カメルーンの隣、人口1500万を超える都市ラゴスを扱ってみようではないか。こうした経験を通して、私はラゴスで医療に関する研究を行うことを決心した。

ナイジェリア・ラゴスのマココ地区

 先ほども述べたが、私はマラリアに関する住民の認識や治療・予防方法について調査するために、マラリアが主要な公衆衛生課題の一つとされるナイジェリア・ラゴスのマココ地区で調査を行っている。ナイジェリア最大の都市ラゴスは人口1500万人を抱えるサハラ以南アフリカ最大の都市である。その中でもマココ地区は、ラゴス最大のスラムの一つである。「アフリカのベニス」とも揶揄されるマココ地区では、人びとはラグーン(潟湖)上にボロボロの家を建て、日々の衣食住を満たすために何とか仕事を見つけ、子どもたちは裸足でドブの中をかけずり回り、要するに日本人の目から見れば典型的な「貧しい生活」を送っている。見た目にわかりやすいスラムであるため、イギリスのテレビ局BBCもナイジェリアの三大スラム特集を放送し、その一つにマココ地区を選んだ。そんな貧しい人びとが多数いるにもかかわらず、公立病院はかなり遠くにあるため、国際NGOである国境なき医師団(MSF)が病院を開院した。MSFの病院には早朝から長蛇の列がみられる一方、周辺の滅多に医者が現れないぼろぼろの病院の医師は「MSFのせいで患者が減った」と愚痴をこぼす。こうした典型的なアフリカ都市のスラムが、私の調査地である。以下の文章では、私が調査を行ったマココ地区で遭遇したいくつかの出来事と、そこで私が何を考えたのかを順々に示していこう。

マココ地区のチーフとのやり取り

 2011年2月某日、ラゴスに入った当初、私は調査協力者とともにマココ地区のチーフの一人を訪ね、調査許可と協力を依頼しようとした。ラゴスでは通常地区ごとにチーフがおり、彼に筋を通しておいた方がよりスムーズに調査が進むだろうと、私は考えたのである。私はチーフに会うと、マラリアについてマココ地区で調査する旨を説明した。するとチーフは私に質問した。「なぜマココ地区で調査をするのか。なぜほかの地区ではないのか」。当然の質問であると私は思い、マココ地区を最初に知るきっかけとなったBBCでマココ地区がスラムとして紹介された映像を見たこと、私が都市貧困層のマラリアに対する医療実践に関心があったこと、そしてスラムではマラリアの被害が特に深刻であることを伝えた。するとチーフは次のように述べた。「ならばここで調査するのはおかしい。大体マココ地区はスラムではない。一見スラムに見えるのは沿岸部やラグーン上のエリアだけだ。ここを見てみろ、立派な家はたくさんある。マラリアなんて大した問題ではない」。私はスラムの定義について説明し、さらにマラリアの症例数や死者数について、ナイジェリアの統計データがあることを示した。「ほら、こんな感じでたくさんの人が死んでいるのだ。すでに何人かの人に話を聞いたが、彼らもまたマラリアは問題だと言っていた。だからマココ地区で調査すべきなのだよ」。これに対して、チーフは半ば怒りをこめて言い放った。「マラリアで人は死なない。死ぬはずがない」。この答えに何かわからぬ衝撃を受け、私は黙り込んでしまった。結局、私の様子を見かねた調査協力者が、私の調査はある一定の地域を定め、そこで集中的な聞き取りと観察を行う必要があること、スラムと「言われている」マココ地区で調査することが私の研究目的にかなっていることを説明した。チーフはこのことを理解し、私の調査への全面的な協力を約束してくれた。

問いの再検討

 チーフと私のこのやり取りが示すのは、このチーフのマラリア認識が私の考えるものと異なること、つまりマラリアによる死者数は少なく、またマココ地区のマラリア被害は大きくないとチーフが考えているということに過ぎないかもしれない。しかし、「誰にとって、何が問題か」を考える上でこのことは大きな意味を持つ。そしてそれこそが私が言葉を失った理由でもある。つまり私が無意識のうちに、調査地域においてマラリアという困難に苦しむ人びとを想定していたことを意味する。そしてそれに反するチーフの語り、「マラリアなんて大した問題ではない」という一言に、私は今まで学んだ多くのマラリアに関する理解の再検討を迫られたのだ。そこで私は、「人びとがマラリアで苦しんでいる」という発想を捨て、「マラリアと共に生きる人びと」を描くことに焦点を当てようと考えた。

マラリアとの「共存」

 私はさらに調査を続けた。人びとのマラリアについての理解を知るには、病因と病態を聞くことが重要である。その点についていろいろな人から何度も話を聞いてみると、どうやらマココ地区において人びとは、マラリアに対して中途半端な理解をしていることがわかった。例えばマラリアの原因について住民に聞くと、ある女性はこう答えた。「マラリアが発生するのは、水が汚いところ。(大量のゴミとガソリンで水が黒ずんだ水路を指差して)ほら、この水を見て。わかるでしょ、この環境のせいでマラリアにかかるのよ」。

 この人はマラリアと蚊のつながりを理解しており、その意味で「正しい」理解がある。しかし一般的に言って、水にガソリンが浮くほど汚い場合、蚊は卵を産むことができない。つまりマラリアは、ガソリンのお陰で広がることがないはずである。そのためこの人の理解は一部「間違い」。ここで立ち止まって考えてみたい。人びとのマラリアに対する考えが「正しい」か「間違い」なのかを明らかにすることは確かに重要かもしれない。しかし、なぜ人びとはこのような理解をしているのか、そこにこそ「マラリアと共に生きる人びと」を描くヒントが隠されているのではないか。

 私はさらにマココ地区の人びとから話を聞いた。繰り返すが、ここでのポイントは人びとの理解が「正しい」かどうかではなく、「なぜそのような理解をしているのか」である。小さな雑貨屋を営む2人の女性。2人とも子どもを背中に背負いながら商売をする。家族構成も年齢も所得もほぼ同じ。しかしマラリア治療の方法について聞くと、一方は「薬草を使う」と言い、もう一方は「病院に行く」と言う。なぜこのような違いが生じるのだろうか。注目したいのは、「病院に行く」と言った女性がこの後、薬草は自分の体に合わず、薬草を飲むと吐いてしまうと説明した点である。つまりどのようなマラリア治療の方法をとるかは、近代医療によっているかどうかではなく、自分の体とってどの方法が一番合っているかどうかなのである。

 あるいは別の30歳代の男性はこう述べた。「自分はマラリアに強い体(anti-body)を持っている(中略)。蚊帳は使っていない。使っている人がいるのは知っているが、自分はマラリアにかかったら、薬を3粒飲めばすぐによくなる。」

 薬3粒はスルファドキシンとピリメタミンの合剤(SP)を指し、かなり古い薬である。彼によれば、蚊帳は使う必要がなく、薬も最も安価なSPで十分である。その理由は、自分がanti-bodyを持つからであった。他者が蚊帳を使ったりやや高価な抗マラリア薬であるACTを使ったりすることは知っているが、自分はマラリアに強い体を持つからその必要は無いと述べているのである。

 このように、人びとは近代医療と伝統医療をうまく組み合わせ、各人が自分に最も適した方法を模索し実践している。そこで重要となるのは、当人がマラリアにどの程度強い体(anti-body)を持っているのか、薬草が自分の体にどの程度きくのか、薬草についての信頼できる知識を持つ知人が近くにいるのか、どの病院ならば安く親切に治療してもらえるのかといったさまざまな経験や知識であった。マラリアに対する理解や治療・予防の方法が「適切な医療」に基づいて「正しい」かどうかという私たちの価値観は、彼らの知識や実践の下ではまったく意味をなさないのである。

近代医療の浸透、その過渡期

 こうしたインタビューを通して私は、近代医療が「正しい」ものであり、薬草を使うことが「間違い」であるとして人びとの医療実践を見ようとする視点それ自体の問題点に気づき始めた。そもそもマココ地区周辺の病院では、いつ医者がいなくなるかわからず、また突然医療の質が落ちることもある(構造調整期にそうしたことがあった)。一方で人びとは、植民地期よりもはるか以前から薬草を用いてマラリア治療を試みてきた。さまざまな医療政策やNGOの進出により「完全な医療」としての近代医療が浸透している過渡期にある中で、人びとは限られた資源を巧みに利用しながら、自分の体に適したマラリアとの付き合い方を知っているのである。こうした住民の主体性への着目により、薬草を利用したり、マラリアに関する「間違った」理解をしていたり、古い薬を使っていたりする住民の医療実践をただ「不適切」として捨象するのではなく、マラリア対策の過渡期を生きるための住民の知恵として、彼らの医療実践を再評価することが可能であろう。

「反省」の場としての「現場」

 チーフの言葉「マラリアは大した問題ではない」、これが何を意味するのかが少しずつ見えてきた。それは人びとがただ不十分な医療環境の問題を嘆いているのではなく、刻々と変化する医療環境のなかで、自分に最も適した医療実践を構築する、その主体的な取り組みへの着目を求めているのである。チーフの言葉は、単なる政策の「受益者」や「マラリアで苦しむ人びと」として無意識のうちにアフリカの人びとを表象する私たちの傲慢さへの怒りでもあったのである。

 では「外部者」である私は、彼らの医療実践をどのように見るべきなのか。まず自覚しなくてはならないのは、どれだけ「現場」に寄り添おうとも、近代医療が含有する価値観から、日本で暮らす私は絶対に逃れることはできないという点である。私の視点は彼らの価値観とまったく異なること、そしてそれを「完全」に理解できないままであること、にもかかわらず、彼らについて記述し、あるいは開発援助を行うことの傲慢さへの反省を促す場こそが「現場」である。開発援助は「彼らが望んでいるもの」という幻想を作り出し、それを改善し、人びとの笑顔を見、それに満足する、そうしたプロセスに過ぎないことを私たちは自覚せねばならない。

 ではこの反省をどのように乗り越えるのか。今回の私の事例から学べることとしては、問題が何かを「現場」から問い続ける作業をするべきということではないだろうか。つまり国際社会において自明視されている「マラリア・コントロール」というゴールそれ自体を疑うのである。「現場」において問題がなんであり、それが解決されることは何を意味するのかを問い続けるのである。特に、医療に関する問題は人の生命にかかわるものであるため、政策課題として提起されたものを私たちは無条件に受け入れがちである。しかし、私が経験したチーフとのやり取りにおける「絶句」にあるように、「適切な医療」と「現場」の意見が乖離していることは、「現場」に行けば誰もが経験することである。そのとき、それが「正しい」か「間違い」かという視点から判断することをやめ、なぜそうした理解をしているのかをまず問うてはどうか。その繰り返しを通して、「現場」における問題と解決がいかなるものかのヒントが見出されるかもしれない。

 今回の事例を通して明らかになるのは、「マラリア問題」は私たちにとっては幻想でしかないということであった。むしろ問題なのは、人びとの知恵の拡充を通した豊かな医療実践を阻害する、衛生的な「私たち」と不衛生な「彼ら」の間に引かれた境界線(防疫ライン)にあるのではないだろうか。

(1) WHO (2011), World Malaria Report 2011, Geneva, WHO.
(2) この視点からの研究は、歴史学や人類学で近年議論されている「帝国医療」批判に多く見出される。

アフリカNOW No.94特集記事


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