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アフリカの現場から/ベナン
一学生が見たベナンの現地アドボカシーNGO

AJFは、季刊の会報「アフリカNOW」を発行しています。AJFの活動紹介にとどまらず、アフリカに関する最新情報を伝える、日本で出会えるアフリカを紹介する内容の記事を掲載しています。

【アフリカNOW No.89(2010年発行)特集記事です】

榊原 あや/SAKAKIBARA Aya
さかきばら あや:東京外国語大学フランス語科卒。日本の国際協力NGOでインターン中、第4回アフリカ開発会議[TICAD IV]で来日していたベナンNGOの代表と知り合い、大学を休学して現地NGOで1年間インターンとホームステイを経験する。卒業後、イギリスのエジンバラ大学でアフリカ地域研究(修士号)を専攻中。関心は西アフリカ(特にベナン)の社会運動。

 「市民社会は民主主義の守り人」「市民社会は民主主義というたいまつを持った走者」。ベナンで民主主義やガバナンスについて語られる時、このような表現をよく耳にした。そして、たいていの場合、その市民社会が指すイメージは現地のアドボカシーNGOのことのようだ。ベナンは1990年にアフリカで初めて国民会議(1)を開催して以降、民主化の道を歩んでおり、その成功はドナーにアフリカにおける民主化の模範例としてあげられるほどである。アドボカシーNGOはそのプロセスの中でも、選挙監視や汚職告発、政策の実行評価などのさまざまな役割を担っており、2006年の大統領選に際してケレク[Kerekou]前大統領が憲法改正を試みたときに大規模な憲法改正反対運動を起こして、その動きを阻止している。

 私は2008年9月から2009年9月までの1年間、ベナンのアドボカシーNGOにインターンとして関わった。だが、アドボカシーといっても日本の国際協力NGOの活動のイメージしか持っていなかった私は、活動に参加し始めた当初は面食らうばかりだった。勉強不足ではあったが、「民主主義の守り手=市民社会、特にアドボカシーNGO」というベナンの人びとの認識がどうしても実感として理解できなかったのだ。

ベナンのアドボカシーNGOとは

 ベナンのアドボカシーNGO [ONG de plaidoyer, ONG de gouvernance , ONG=organisation non gouvernementale]は、1990年の民主化以降に登場した比較的新しい部類のNGOだ。主に行っている活動は、政策実現のモニタリングや選挙監視、また政治的腐敗や選挙、シティズンシップに関する教育など、民主主義に直結する活動であり、日本で言うと市民オンブズマンのイメージに近いのかもしれない。有名な団体としては、1990年代に人気があった市民教育番組を制作したCentre Africa Obota、事務局長が汚職を舌鋒鋭く告発することで有名なALCRER [Association de Lutte Contre le Racisme, l’Ethnocentrisme et le Regionalisme]、2006年に憲法改正反対運動を主導したElan、そして2000年以降に国連ミレニアム開発目標[MDGs]と関連した国内政策の実現をモニタリングする団体として100以上のNGOが集まって設立されたSocial Watchなどがあげられる。ただ、知り合いのNGOスタッフによると、ベナン全体で現在も活動している団体数は、休止してしまったものを除いて10程度だという。ベナン全体のNGO数が6,000以上とも言われている中、農業や教育などの開発分野に携わるNGOに比べて圧倒的に少数で、「まだまだ未開拓な分野」だそうだ。

 ただ、少数ながらもその社会的存在感はとても大きい。テレビやラジオでインタビューや公開討論に登場したり、政策提言やデモ活動がニュースとして取りあげられたりするなど、メディアへの露出が多いからだろう。街の人々もよく見聞きするらしく、知り合いの印刷屋のあんちゃんは「市民社会[societe civile]=アドボカシーNGO」、「NGO=開発NGO」と勘違いしているほどだった。

 私がいたアドボカシーNGOは、Social Watchの中心メンバーとして活動している団体だった。ただし運悪く、私が行った期間中はそのNGO自体には運営中のプロジェクトがなかったので、Social WatchやSocial Watchに参加している他の団体を見学したり、手伝うことが私の主な関わりになった。

地方分権化プロジェクト

 私自身が関わりながら、アドボカシーNGOが担っている社会的役割を感じたプロジェクトのひとつが、地方分権化プロジェクトだ。当時、Social WatchやALCRERがそれぞれ力を入れていたプロジェクトであり、私もたびたびその活動に参加した。このプロジェクトは、スイスの援助機関やデンマーク大使館から資金援助を受けて、自分たちの団体の支部を南部から中東部の各地方の市町村に設置することを計画していた。政府は、MDGsを反映した「貧困削減のための成長戦略」[Strategie de Croissance pour la Reduction de la Pauvrete]を各地方で実施するために、各市町村で「第2次コミュニティー開発プラン」[Plan du Developpement Communal]を策定。Social Watchはこの政策に合わせて、市町村支部が各地域のモニタリングをすることを目的としていた。一方で、不公正な政治・機関運営を変えていくことに主眼を置くALCRERは、市町村支部による市役所や村役員の汚職監視を最終目的としていた。とはいえ、両プロジェクトは2008年に始まったばかりだったので、市町村支部はとりあえず市役所や村の役員と信頼関係をつくり、一般の人びとの地方政治の理解や参加を促進する啓発活動をしたり、自分たちのコミュニティーでの公共事業の進み具合を監視し、公共事業に関する苦情を聞いて市役所などに問い合わせるという活動をしていた。市町村支部で活動しているのは、そのコミュニティーの小学校教諭、村で活動しているNGOのメンバー、女性組合の代表などさまざまであった。

 私自身が市町村支部に行ける機会は少なかったのだが、それらのプロジェクトに関わっているときに印象に残ったのは、市町村支部が少しずつ地域の政治や人びとの意識に変化をもたらし始めている点であった。たとえば、中東部の奥まった市の市議会に行くと、何人もの人びとが後方の席に座っていることがあった。市町村支部のメンバーによると、民主主義や地方分権化の啓発活動を地域で行ったとき、市議会の意味や一般の人でも傍聴が可能だと知った人びと、特に女性組合の代表などがたびたび傍聴に来るようになったそうだ。その他にも、住民からの苦情を受けて市町村支部が市に問い合わせたことによって、市が発注したのに工事が中断していた保健所や市場などの建設が再開されたということも何回か目にした。また、納税に関して人びとの理解がより得られるようになり、市の税収が上がったと喜ぶ市長もいた。

 現場で私が出会った人びと、特に市町村支部メンバーは、地方分権化と民主主義をとても肯定的に捉えているようだった。若いメンバーが「このプロジェクトに関わるまで地方分権化なんて聞いたことがなかったが、実際にやり始めてみると、人びとのためになる本当によいシステムだと思う。市町村支部メンバーとして地域の発展に貢献できることを誇りに思うし、このシステムが根付けばこの地域はずっとよくなるだろう」と、うれしそうに語っていたのを覚えている。

国内政治に関するデモ

 アドボカシーNGOの活動と民主主義に関連することでもうひとつ印象に残ったことといえば、彼らがデモを積極的に行っていることだ。そのひとつが2009年4月に行わた、「有権者リストの電子化」[Liste electorale permanente informatisee ,Lepi]に関わるデモで、私も参加した。国会の開会に合わせて、さまざまなアドボカシーNGOが国会議事堂の前に集まり、シュプレヒコールをあげながらデモと座り込みを行った。その目的は、2011年の大統領選に間に合わせた実施が危ぶまれている、選挙有権者リストの電子化の法案審議をすみやかに行うように国会議員に促すことだった。大統領陣営と野党が電子化したリストの信頼性の確保に関して争い続けたことにより、審議が大幅に遅れていたのだ。

 結局そのときは、国会の開会時間になっても議員が現れず、2時間以上経ってからポツポツと来だすありさまで、その日の開会は延期となった。デモ隊が議員に正式に取り次がれることはなかったため、現場に来たベナンの主要メディアの前で代表がアクションの主旨を読みあげた。それは有権者リストの電子化をめぐって大統領側と野党の不毛な争いが続くことにより民主主義的な制度が麻痺してしまうことに、市民社会組織として危機感を表明し、双方に冷静な対応を呼びかけるものであった。主要メディアはその様子を次の日のヘッドニュースの一つとして取り上げ、それをテレビで見た私はなんとなく「市民社会は民主主義の守り人」という表現の意味を理解した気がしたのだ。

 このような活動をしているベナンのアドボカシーNGOだが、その活動は目ざましいものらしく、アフリカの他の国のNGOからも参考にされているようであった。Social Watchの例をあげれば、地方分権化のプロジェクトは西アフリカでは初の試みらしく、事務局長はテレビ会議などでその経験を他の西アフリカ諸国のNGOと共有したと言っていた。Social Watchの理事はアフリカのさまざまな国から講演のために呼ばれ、国外に出張していることも少なくなかった。

現地アドボカシーNGOの課題

 これまでアドボカシーNGOが果たしている役割について述べてきたが、実際には1年間関わった中で課題もかなり多いように感じたので、その点に触れておきたい。

 まず、資金をドナーに頼るしかないため、ドナーのトレンドや意向に大きく左右されるということは、一インターンの立場から見ても大きな問題のように見えた。アドボカシーNGOのスタッフたちは皮肉って、自分たちの団体が「流行[a la mode]のNGO」だという表現をよく使う。当分の間は大丈夫だろうが、ドナーの関心が自分たちの分野から離れたら、自分たちは行き詰まるだろうというのだ。実際、Social Watchの事務局長は「Social Watchは力強い巨人だが、その足は細いものだ。ドナーが資金援助を絶ってしまったら、たちまち地に倒れてしまうだろう」と頻繁に言っていた。また、見学に行ったアドボカシーNGOの中には、資金を獲得するためにドナー受けの良い専門外のことに手を出して、最終的には組織としての方針を見失い、衰えてしまった団体もあった。

 また、団体にもよるのだろうが、若者をどのような形で活動に巻き込んでいくかということも課題なのかもしれない。私の周りには、私と同じくインターンとしてアドボカシーNGOの活動に関わっているベナン人の大学生や高校卒業者がたくさんいたが、雑用ばかり任されている人も多かった。インターンとして入ってくる若者のほとんどは、将来的にはNGOやビジネスで生計を立てたいと思っているが、職に就けない状態にあり、インターンとして関わることによって少しでも就職に有利な経験を身につけたいと願っている。社会のために貢献したいという想いを持っている人も少なくないが、まずは自らの実益が先に来るという点では日本のNGOインターンと異なっているというのが、私の印象だ。

 そのような思いで入っているのに、経験にならない雑用ばかりを多く任されるのは苦しいことのようで、やめてしまう人や裏で不平不満を言う人もいた。それでも面と向かってNGOのスタッフに不平を言わないのは、ベナン社会では年長者が強く、また上司には黙って従うしかないという風潮が、私が見たNGOの内部では強かったからだと思う。ちなみに、違う文化圏から来た私は、知らないうちに現地では恐れ多くて言えもしないことを所属NGOの上司に言っていたようで、生意気なヤツと煙たがられてばかりだった。インターン仲間に言わせると、恐ろしいことに「ベナン人だったらとっくに張り飛ばされていた」こともしたらしい……。

 さらに、アフリカの現地NGOスタッフはエリートで、市井の人々の事情を知らないという批判を日本ではたまに聞くが、私の1年間の滞在からも、確かにそのとおりだろうと思った。アドボカシーNGOに関わっている人びとはみな、市町村レベルでもフランス語をそれなりに扱える高学歴の人ばかりであり、金持ちとまではいえないまでも財力はある。インターンの友人の中には、私が農村に出張したときに見た、16歳で小学校に通い始めた少女の話などをすると、ショックを受けて絶句してしまう人もいた。

「民主主義」

 そのような課題はありつつも、アドボカシーNGOはベナンの民主化プロセスに貢献している……、と締めくくることができればよいのかもしれないが、実は1年間のインターンから戻った後の私には、もやもやとした大きな「?」が頭の中に残っている。それは、アドボカシーNGOが貢献している「民主主義」とはいったい何なのだろう、という疑問だ。

 アドボカシーNGOは民主主義を促進する役割を果たしているように見えるが、その一方でそれはドナーの承認と資金力なしにはできないものだ。「流行のNGO」という現地NGOスタッフの皮肉や、「メディアはお金を払えば来る」というNGOスタッフの指摘などを付け足して考えてみると、アドボカシーNGOの存在自体やその促進している「民主主義」が、ドナーの意向を反映した砂上の楼閣やお祭りのようにも、私には感じられた。その点に関して衝撃的だったのは、とあるアドボカシーNGOの事務局長に教会のミサに招かれたときのエピソードだ。その事務局長は同時に牧師でもあり、ミサで信者に説教をしていたのだが、その中で「民主主義など信じるな! あれは白人たちが押し付けたまやかしだ!」と叫んでいたのだ。かなり極端な事例かとは思うが、私は、彼のような立場の人がそういった発言をすることに唖然とするとともに、深く考え込んでしまった。

 その一方で、ベナンの民主主義を誇りに思い、そのために活動している人がいることも確かな事実だ。1年の間に出会った人びとの中には、前述した市町村支部のメンバーのような人や、政策提言の文書を作り上げるために調査に奔走し、毎晩遅くまで働く情熱あふれる人もいた。そういった人たち数人にベナンの民主主義についてどう思うか尋ねたことがある。答えは、「ベナンの民主主義はまだ若いものだが、もう始まって20年にもなる。私たちの国は順調にやっているよ!」という自信あふれるものであった。

(1) 正式名称は「主権を有した国民会議」[Conference Nationale Souveraine]。国内領域における最高権限を有し、それまでの憲法、「国民議会」[Assemblee Nationale]や政府という国家機関を停止した上で、民主化移行のための暫定的統治主体となることを宣言した。(岩田拓夫『アフリカの民主化移行と市民社会論 国民会議研究を通して』19p)

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